子どものころ、夏は北木島だった。楠キャンプ場。浜と松の美しい景観だった。足の届かない所へ出ると、下には海藻の林があった。海藻は魚の産卵や稚魚の成育場であり、二酸化炭素の消費地でもある。「ブルーカーボン」と呼ぶらしい。
私たちの身の回りでは、冬はより寒く夏はより暑くなる。どんどん落差が拡大する。一方、北極海の海は暖かくなり、氷が解け深海への還流が出来なくなっている。酸素をふくんだ豊かな海水は、深海へと循環できなくなる。深海が豊かさを失い、死の海となる。
地球温暖化は、確実に進行している。
いつか、現役を退いたら船舶免許を取って、思い出の浜に海藻を移植する作業をしたい。車エビや夜光虫をもう一度見て死にたいものだ。最後に、地球と故郷と日本に恩返しをしたい。
昨今ニュースでは、日本行政府の倫理が問われている。官僚の中の官僚 旧大蔵省が自殺者まで出す混乱を露呈した。こんな時、後藤新平を思う。
台湾総督府民政長官、満鉄初代総裁、そして関東大震災の折の帝都復興計画立案者としてアジアの近代化に貢献した日本人だ。
台湾での殖産興業や首都東京の青写真を描いた構想力。日清露三国の協調を夢想した理念。全てにおいて逸材であった。私の丁度100歳年上の日本人である。
100年間で日本人は変わってしまったのか?
太平洋戦争の終戦を迎えた日、司馬遼太郎は「なぜ日本人はこのような愚かな敗け方をしたのか?」と自らに問うた。
後藤新平の最後の言葉は印象に残る。
「よく聞け。金を残して死ぬ者は下、仕事を残して死ぬ者は中、人を残して死ぬ者は上」