scholarの志 ロボット プログラミング 科学教育 

公教育と明確に違った体験型学習(Active learning)を実現するのが私の願いです。未来の創り手となる子ども達に何を準備しなくてはならないのか。児童期の多様性を尊重し、Scientific literacy(科学の論理展開力)の育成を目指します。岡山理科学館に協賛し、地域から世界に飛躍する人材を育てます。

96歳旧日本陸軍少尉の嗚咽 やっと真実の戦後が

ものごころがついてから、終戦記念の行事に違和感がつきまとった。反戦平和と理念は踊るが、なぜあんな悲惨な負け方をしたのかとの疑問が晴れない中、ただ戦争反対では納得がいかなかった。戦史も読んだが、資料としては豊富なものの、依然納得は得られなかった。72年たって、やっと重い口を開いた96~98歳の旧兵士の嗚咽に真実を感じた。
司馬遼太郎は、終戦まじか、本土決戦を唱える関東の戦車部隊で下士官として配属されていた。本土決戦に臨む戦車部隊の進軍経路で、空襲による被災者が障害となった場合の対応を司馬が参謀に問うと、即座に参謀から「ひき殺せ」との回答が返ってきた。
なぜ、日本はそのような愚かな国になってしまったのか?司馬史観の原点だ。
本日、NHKでインパール作戦の惨状が報道された。世界で類を見ない愚かな作戦として有名ではあるが、ここまでとはと立ちすくんだ。兵は上層部の駒として1000人単位で死んでいく。参謀は司令官に「5000人(自軍の兵を)殺せば行けるでしょう」と会話する。実際3万人以上が壮絶な死を遂げる。4万人以上が負傷する。生き残るのは上層部だけだ。わずかに生き残った兵は、上層部の存在を意識して口を閉ざして戦後を生きた。戦後の真実は、生き残った戦争指揮者の存在とともに封印された。
関係者が少なくなり、90歳を超えた人々がやっと真実を語りだした。真実の戦争を。なぜ日本は、あんなに愚かな敗戦を迎えたのか?真実は戦後封印されたのか?これを語るのが敗戦記念日にふさわしい。72年たって、やっと戦後は始まったと実感する。

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