ブラック職場で教員のなり手が激減している。教育学部の志願者の減少は食い止められない。モンスターペアレントやSNSなどによる「いじめ」の拡散。管理するだけの教育委員会。校長の権限は限定されているのだろう。自治はない。
そもそも「教師は聖職ではない」「君が代拒否」「国旗の掲揚不参加」などと言い、無定見な哲理の無いイデオロギーまみれの日本教職員組合は、この現状をどう理解し、対策するのか?全く見えない。逃げているだけだ。多くの原因は君たちにあるのではないか。
「仰げば尊し、わが師の恩」はどこに行った? 日教組諸君。
「身を立て、名をあげ、やよ励めよ」とは師の心でもある。こどもにそう思わない師とは?なにものだ? よもや階級闘争などと血迷うことはないだろうが。
戦後の歪曲した形式的な民主主義の中で、「組織労働者の官僚的運営」がイデオロギーにまみれ、教育の本質を見失った結果がこの惨状だ。現場は疲弊している。国際競争力も失った。日本の教育はガラパゴス化した。日教組が負うべき責任は大である。世界を見ない組合だ。日本帝国陸軍と本質は共通している。
21世紀デザイン思考の人事教育が世界の潮流となる。ヒエラルキーを構成した部課長構造はなくなり、協業メンバーを自ら募り、CEOにプレゼンし、実行する組織運営が主流となる。そのなかで、ブラック環境に教員を放置し、こどもを省みず、組織運営と選挙に邁進する集団はどこに行くのか?20世紀の遺物だ。
執行部の世界認識を一度拝聴したいものだ。