scholarの志 ロボット プログラミング 科学教育 

公教育と明確に違った体験型学習(Active learning)を実現するのが私の願いです。未来の創り手となる子ども達に何を準備しなくてはならないのか。児童期の多様性を尊重し、Scientific literacy(科学の論理展開力)の育成を目指します。岡山理科学館に協賛し、地域から世界に飛躍する人材を育てます。

今も昔も変わらない 「哀しみ」

日本の大学受験の在り方が変われば、社会で受け入れる会社側も喜ぶし、送り出す中学・高校も実質的なあり方に集中できるのかもしれない。しかし。
私の予備校時代、大学から西洋史学科の教授が世界史の講義に来ていた。とても楽しかった。日本の大学で西洋史学科を持つところは限られた。古代オリエントも逸話も含め、物語であった。聞き入っていると。
突然、ある男の受講生が発言した。「先生、受験に直接関連した話に限定してもらえませんか。話が楽しくて「辛い」です。」一同彼の思いには共感するも、先生も絶句である。
今思うに、受験が人生を左右する面も確かにあるが。所詮、出だしの話だ。
喜びは喜びとして、戦いは戦いとして生きないと、社会人として残る人生が勝負できないのではないか。しかし、自分のトラウマも含めて、永遠の問題なのかと、「哀しい」思いは消えない。
日本に文部科学省が無くなって、経済産業省とか総務省が教育を管轄したほうが良くなるような気がする。間違ってるのか?

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