scholarの志 ロボット プログラミング 科学教育 

公教育と明確に違った体験型学習(Active learning)を実現するのが私の願いです。未来の創り手となる子ども達に何を準備しなくてはならないのか。児童期の多様性を尊重し、Scientific literacy(科学の論理展開力)の育成を目指します。岡山理科学館に協賛し、地域から世界に飛躍する人材を育てます。

東大教授の英語教育論が理解できない?

英語教育・学習論の東大権威が、大学の英語での講義の実態を指摘していた。日本語での授業より内容が劣化しているとの指摘だ。「意味ないじゃん。」という論法はごもっともながら。加えて、過去の英語教育から今後の4技能育成まで全否定している。幕末以来成果はないと。


そこで、指摘するのが「文法と読解」基礎の鍛錬だと。小学校で中途半端にコミュニケーションを覚えるより、中高での「文法と読解」だと。これには違和感を禁じ得ない。


その昔、スペインで商談の後、雑誌編集者やデザイナーや商社マンらと会食をする。大きな円卓を囲んで地中海の幸を堪能する。皆、海鮮グリルを素手でつかんで食べる。一人はイタリア語で話し、相手の返事はフランス語で帰ってくる。スペインの北部はフランス訛りがキツイ。得意な言語で話すのだ。私は蚊帳の外。唯一の日本人の解説と全体の流れで理解するしかなかった。当然英語も出てくる。


イタリアの企業との契約交渉は困難を極めた。夕食の時、疲れ切って無口になる。胃が痛む。イタリア人やスイス人の仕事仲間から総攻撃のつるし上げだ。無口でいる君は我々のメンバーかと。会話は人格の披歴だと言われた。
会議中は一歩も引かない私も、タジタジだ。食事の会話の方が語学力が必要だ。議論や論争は読解力があれば十分可能だが、こればかりは苦手だった。


その時、私より会話が下手な同輩が、代わりに自分の昔話を延々と始めた。中学1-2年生並みの良く詰まる話だった。詰まるとヤジも入れやすい。やいややいやの喝さいを浴び、場は盛り上がった。彼はその後辣腕の商社マンになった。


難度の高い日本語を我が国民はどのように習得したのか?
稚拙な会話や感情の発露の蓄積では?
母親の読み聞かせや問いかけなどからだ。
国文学の大家も、子供のころは文法など考えなかったはずだ。

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