scholarの志 ロボット プログラミング 科学教育 

公教育と明確に違った体験型学習(Active learning)を実現するのが私の願いです。未来の創り手となる子ども達に何を準備しなくてはならないのか。児童期の多様性を尊重し、Scientific literacy(科学の論理展開力)の育成を目指します。岡山理科学館に協賛し、地域から世界に飛躍する人材を育てます。

こどものプログラミング教育論に潜む20世紀的ドグマ

ドグマとは「教義・教説などと訳され,ときには柔軟性を欠く無批判な信念という意味で使われる。」


6年ほど、こどもプログラミング教室を営んできた。それに関する教育論で、SEや関連業界経験者の発言で気掛かりなのが以下のような論旨だ。「コーディングは小学生からリアル言語を覚えなくては意味がない」「プログラミングの実務経験のない者が教えるのは疑問だ」といったたぐいのものだ。ドグマである。


18世紀の中ごろから始まった産業革命。起点は蒸気機関の発明だ。エネルギー革命であり、紡績や鉄鋼業の飛躍的発展と船や鉄道などの技術革新が社会構造をも激変させた。軍事や植民地政策も大きく変容した。教科書に書いてある通りだ。しかも、この時の中核技術は石炭やタービン技術そのものではなかった。


21世紀、この規模の変革が訪れる。第四の産業革命と言われる今日現在だ。そこで、初等期からコンピューターリテラシーやデータサイエンスに接して、激変に対応し、自ら課題を設定して解決できる能力を身につけるために、「こどもプログラミング教育」は世界で重要視されている。


子供たちが社会にでる2030年代、現在で言う「プログラマー」の大半の業務はAIに置き換わる。必要とされるのは、技術革新の先に来る産業社会構造の変化を捉える能力だ。マネージメントに必要とされる資質が人間の担当するミッションだからだ。ロボットでは代価不可能だ。サービス・流通・人材育成・マーケティング・社会保障・安全保障・医療・介護全てにおけるマネージメント能力こそ問われるからだ。ロボットに使われる側ではなく、使う側すなわち創造する側だ。未来を牽引するビジョンやプラットフォームは独創的な能力からしか生まれない。感性や情緒も含めた市場解析の視点が最重要。


私がマーケティングに携わっていた2000年代初頭は、情報システムの黎明期だった。全国の顧客動向やロジスティクスはビックデータとして本社の一元管理となり、幹部社員は独自の検索フォームを自分で編集し、データ解析もオリジナルが作成できるようになった。使う者の能力次第では破格の価値を再生産できた。その時、情報処理の一級を持つ幹部もいたが、価値の再生産は自力では無理だった。高等数学やプログラミング知識も必要とされる難しい試験を合格しているのに。なぜか?


データエコノミーには、市場に切り込む視点や価値の創造のプラットフォームに関する「経験」と「意味」が不可欠だからだ。21世紀はまさにこの素養こそ問われ、自力設定・自力開発の可能な環境ができあがる。小さなプレハブ小屋で空飛ぶ車や衛星も開発できれば、アイデア一つで世間を沸かすサービスも提供できる。


20世紀のドグマに侵されていては、21世紀人材の育成は不可能だ。心配なのは20世紀的ドグマを熱心に与えてしまうことのリスクだ。

「人財強国日本」への道 AI社会に必要な能力とは

千代田区麹町中学校 そこではAIによる個別学習が実現している。個人のタブレット端末で学習が進み、解説も弱点の補強もAIが分析リードする。先生はサポートに徹する。
学校でも家庭学習でも一貫してAIが管理する。定期テストも宿題も不要となった。


修学旅行では、課題として「ツアー旅行プランニング」が課せられる。現地を調べて旅行企画を立案しプレゼンする。それをJTBの社員が評価する。他にもNTTや金融の会社から課題が出され、その解決法を立案プレゼンする。「答えは教科書の外」にある。しかし、社会科や理科を基礎とする解決策が求められる。


データエコノミーの社会では、事象を分解し、単純化して抽象化する。そして論理で仮説する能力が真に問われる。記憶知識はAIの得意分野だ。記憶力勝負の時代は終わる。ノーベル賞の本庶博士も、子供たちに「教科書を鵜呑みにするな」と激励する。


一方で、TVで有名大学卒の芸能人が記憶知識の披歴競争をする番組が多くあるが、「20世紀の遺物」のように映る。均質大量生産の教育モデルの遺構だ。テレビが既に20世紀の遺物となった証拠なのかもしれない。


激変する産業社会と少子高齢化の生き方が求めるものは?。
一律一元的な日本教育体系からのイノベーションだ。
体系的教養の上に課題を自ら発見し、解決できる能力を有する人材こそ今求められる。
教科書を疑い、演習を重ね、社会と関係を持ち、問題解決のツールとして知識(データ)をフル活用する。自立した視点の持ち主を育成する環境を作る時。科学技術と対峙する人間を育てる時が来たのだ。