ロボット プログラミング 科学教育 岡山市

21世紀に生きる子供たちに伝えておくべきことは

公教育と明確に違った体験型学習(Active learning)を実現するのが私の願いです。未来の創り手となる子ども達に何を準備しなくてはならないのか。児童期の多様性を尊重し、Scientific literacy(科学の論理展開力)の育成を目指します。

21世紀多様性が勝負の分かれ目 老いも若きも

AIが患部を指摘する 食物連鎖などの生態系では、多様性こそが生存の条件だ。豊かさの証と言える。ところが、戦後高度成長の中で生産性と効率を追求するあまり「社会の多様性」は失われた。また、教育も標準化と大量生産のため一元化された。「偏差値」「機会均等」などだ。皆が大学へ行くことが「善」とされ、その大学は偏差値で一元化された。中身は金太郎あめになった。知の空洞化だ。


21世紀、医療現場もAIとの住み分けだ。企業も家庭もIOTによるAIとの協業となる。少子化の社会で、老人と女性が台頭し、起業の先陣を切る。人生二毛作・三毛作あたりまえだ。技術開発とその事業化をコーディネートする仕事は尊敬され、情報技術のエンジニアは高収入になる。初任給が1000万や2000万。一昔前のアメリカ並みになる。


「東大法学部、末は博士か大臣か」20世紀の標語は色褪せる。現在の東京大学の在学生の官僚志願は減り、起業に熱が入りだした。欧米並みに変容している。多様化は進む。


今教育は、「多様性と知的好奇心」を取り返す時だ。汚職まみれの文部科学省に期待はできない。韓国と日本はOECDで知的好奇心の最も少ない国と指摘された。偏差値至上主義の遺産だ。民間が知恵を絞り紡ぎだす教育形態は、そもそも日本近代史上のメインストリームだ。戦後教育が官主導でいびつに変形しただけなのだ。


がんばれニッポン。

夏休み白熱実験教室 スコラこども塾編 

一昨日突然エアコンが止まった。冷風扇でも室内は31度を超える。その中、プログラミング演習を強行した。子供の方が耐性があり、こちらがタオルで汗を拭い、ふらついた。早急な修理は望めない。そして、翌日理科実験教室が始まった。午前中から5㎏氷を買い出し、冷風扇に打ち込んだ。室内30.2度。長年医学部で基礎研究室の教授を務めた講師が「エネルギーの姿と物質の性質」と題して講義を始めた。


最初は、化学エネルギーと電気エネルギーの相関だ。ジャガイモや柑橘類を使った電池を作って電子メロディーを鳴らす。電極の位置によって効果が変わるか試行錯誤を繰り返す。次は備長炭だ。最後に「物質のイオン化傾向」を考えることになった。
そしてメインは、輸入教材を使った水素製造システムと水素カ―の実験だ。水の原子の理解から電気分解へ、そして水素ガスの生成と特性の実験を体感した。また、ソーラー発電機で水を電気分解するシステムも稼働させ、水素社会の姿を映し出した。最後は、水素カ―の走行実験と触媒を使った電気自動車も走らせた。あっという間の90分。30.8度。講師の白衣も背中は汗で変色している。


最後に講師が、電気分解の電子の移動を説明しかけたが「小学生中心なのでここまでにします」と言い終えた直後。「はい」と手が上がり、無口で大人しかった6年生の男子が「理解できます。」というなりイオン化のメカニズムから電子の流れ、最後に水素原子の安定までのプロセスを一気に説明したのだ。よどみなく簡潔にだ。講師は舌を巻き、私は開いた口がふさがらなかった。フィナーレであった。拍手を忘れてしまった。


大人から未来は見えない昨今。21世紀は子供からしか見えないのだと痛感した白熱炎熱理科実験教室であった。夏期炎熱教室報告。